2026年10月17日(土)
AI・MarTech

大正製薬のGemini活用で「2か月が1日」——注目すべきはEC39%増ではなく、20人を1部屋に集めた工程のほうだ

大正製薬がリアップのプロモーションにGeminiを導入し、店頭6%増・EC39%増を達成したと報じられた。ただしこれは自己申告のYoY数値で、対象月も測定期間も非公開だ。本記事では数字の留保を明示した上で、再現可能な部分——マーケ4部門・営業・電通・Googleの約20人が同席し、2か月の工程を1日に圧縮した体制——に焦点を当てる。

WebTech Journal 編集部

編集・執筆

|
|
5分で読める

「AIでプロモーションを刷新し、EC売上39%増」——こういう見出しを見たとき、まず確かめるべきは数字の出どころだ。

大正製薬が発毛剤ブランド「リアップ」のプロモーションにGoogleのGeminiを導入し、店頭売上6%増・EC売上39%増を達成したと、MarkeZineが8月25日に報じた。ITmediaビジネスオンラインも8月20日に同じ数字を「前年同月比」として伝えている。

先に留保を書いておく。この2つの数字は大正製薬の自己申告であり、Googleや電通による第三者計測ではない。両社からのプレスリリースは出ておらず、対象月と測定期間も公開されていない。施策以外の要因(出稿量の変化、季節性、新規獲得キャンペーンの併走)を切り分ける材料は外部からは得られない。

それを踏まえた上で、この事例が示している再現可能な部分は何か。筆者が注目したのは売上の数字ではなく、圧縮された工程のほうだ。

短くなったのは制作時間ではなく、合意形成の時間

報道によれば、大正製薬は自社の調査・購買データに、Googleのインテントデータと電通の広告データを掛け合わせて「仮想ペルソナ」を構築した。そのペルソナと対話しながら、顧客分析からコンセプト・クリエイティブの方向性、メディアプランまでを検討している。

決定的なのは体制だ。大正製薬マーケティング本部の4部門と営業、電通の営業・クリエイティブディレクター、GoogleのGemini担当者、合わせて約20人が同じ場に集まって進めた。ITmediaはこの結果、従来約2か月を要していた一連のプロセスが1日で進んだと伝えている。

ここで短縮されたのは、資料を作る時間ではない。部門をまたいだ合意形成の時間だ。

通常、この種のプロセスは「マーケが分析する→資料にする→営業に説明する→代理店に共有する→戻ってくる」という往復で2か月かかる。往復のたびに前提がずれ、資料の作り直しが発生する。20人が同席してその場でペルソナに問いを投げ、全員が同じ回答を同時に見るなら、往復そのものが消える。

大正製薬側はGeminiを「答えを出すツール」ではなく「思考を深める対話相手」と位置づけている、とMarkeZineは伝えている。この表現は正確だと考えられる。AIが出した答えが正しかったから2か月が1日になったのではない。全員が同じ材料を同時に見る場が作れたから短くなった。

日本企業のAI活用報道が、そろそろ次の段階に行くべき理由

同じ週、国内では類似の発表が続いた。dely(クラシル)は8月25日、販促費の自動仕訳からROI最適化までを支援する「販促管理Agent」を提供開始。博報堂とインキュデータはAI時代の新サービス開発支援プログラム「AI Service Design Program」を発表した。電通はJAXAや味の素らと、人工衛星データを使ってキャベツの需給に連動させる広告モデルの取り組みを始めている。

いずれも「PoCをやってみた」段階ではなく、業務プロセスに組み込む前提の発表だ。日本のAI活用は、実証から運用へ移行しつつあると見てよい。

一方で、報道の側の作法は追いついていない。「AI導入でEC39%増」という見出しは流通するが、測定期間・対照群・出稿量の変化といった、効果測定として最低限必要な情報はほぼ添えられない。読者は数字を信じるか無視するかの二択を迫られる。

これは大正製薬の問題ではなく、業界全体の報告フォーマットの問題だ。AI活用の事例が増えるほど、「何と比べて、いつからいつまでで、他に何が変わったか」を書かない事例紹介の価値は下がっていく。

反論:それでも数字を出す意味はある

もっとも、厳密な効果測定を求めすぎることへの反論もある。マーケティング施策の効果を統制群つきで測るのは実務上ほぼ不可能で、それを要求すれば事例の共有そのものが止まる。不完全でも数字が出ることで、社内でAI活用の予算を取りに行く材料になる——という現場の事情は理解できる。

だから提案は「数字を出すな」ではない。数字と一緒に、工程の変化を書いてほしいということだ。売上39%増は他社が真似できないが、「4部門と代理店とベンダーを1部屋に集めた」は真似できる。後者のほうが実務者にとって価値が高い。

明日から試せること

  1. AIを「担当者の道具」から「会議の道具」に移す。分析結果を持ち寄る会議ではなく、その場で問いを投げて全員が同じ回答を見る会議を1回設計する。参加者は意思決定に必要な全部門を含める。
  2. 自社データ・プラットフォームのインテントデータ・代理店の出稿データを、1つのペルソナに寄せる。大正製薬の事例で効いているのはGeminiの性能というより、この3種のデータを1か所に集めた点だと考えられる。データが分散したままAIに投げても、部門ごとに違う答えが出るだけだ。
  3. 社内報告に測定条件を必ず添える。対象期間、比較対象、同時に変えた変数。この3行があるかどうかで、その事例が半年後に再利用できるかが決まる。

「2か月が1日に」という数字のほうが、「EC39%増」より再現性が高い。AI活用の事例を読むときは、成果ではなく工程を見るほうが、自社に持ち帰れるものが多い。

関連記事

AI・MarTech

スペックだけの商品マスターはAIに選ばれない——博報堂DY ONE「Logic Bridge」が示す、エージェンティックコマース時代の商品データ設計

博報堂とHakuhodo DY ONEが発表した「Data Enrichment for 商品インサイト」は、商品スペックと生活者の求める体験価値を結ぶ因果を商品マスターに持たせる試みだ。GoogleのUniversal Cartなど米国の動きと重ねると、AIに推薦される商品データとは何かが見えてくる。発表の事実、効果が未検証な点、日本のEC・メーカー担当者が今すぐ着手できる準備を整理する。

AI・MarTech

Gemini 4 Argon、AIモードに搭載——まずは有料会員限定、API価格は11月末に倍へ。SEO・GEO担当者が“自社の見え方”を再テストすべき理由

Googleが10月13日にGemini 4 Argonを公開し、AIモードとGeminiアプリでAI UltraおよびProの購読者が使えるようになった。API価格は11月30日までの導入価格が適用される。ベンチマーク結果はGoogle自身の主張である点を切り分け、検索のAI回答でブランドの見え方が変わりうる点と、日本の担当者が今月中にできる検証手順を考察する。

AI・MarTech

WordPress公式の「AIエージェント用の入口」が公式ディレクトリに——MCP Adapter 0.7.0で、更新作業を任せる前に確認すべき公開設定

WordPressが、AIエージェントとサイトをつなぐ公式プラグイン「MCP Adapter」をWordPress.orgのプラグインディレクトリで公開した。有効インストールは4万以上。アダプタ自体はAI機能を持たず、権限確認も働くが、公開フラグを立てた機能は既定でAIから見える仕様だ。確認できる仕様と筆者の考察を分け、制作・運用担当者が導入前に点検したい設定を整理する。