世界の広告費が、初めて「1兆ドル」を超える
2026年、世界の広告市場が歴史的な節目を迎える。電通グループが発表した最新予測によると、2026年の世界の広告費は前年比5.1%増の約1兆392億米ドル(約161兆円)となり、史上初めて1兆ドルの大台を突破する見通しだ。これは世界経済の成長率見通し(3.1%)を上回る伸びである。
押し上げ要因は明確だ。ミラノ・コルティナ冬季オリンピック、6月に開幕するFIFAワールドカップ、そして米国の中間選挙——大型イベントが各地域の広告需要を同時に下支えする「当たり年」にあたる。地域別ではAPAC(日本を含む)が5.4%増の3,764億ドル(約58兆円)で全体の36.2%、米州が5.2%増の4,605億ドル(約71兆円)で44.3%を占める。
主役はデジタル、そして「リテールメディア」
内訳を見ると、構造変化がはっきりする。2026年のデジタル広告費は6.7%増で、世界の広告費に占める比率は68.7%に達する。もはや広告費の約7割がデジタルだ。
中でも伸びが突出するのがリテールメディア(小売事業者が持つ広告枠)で、前年比14.1%増。オンライン動画(11.5%増)、ソーシャル(11.4%増)がそれに続く。AdverTimesの報道でも、この3領域がデジタル成長の牽引役と位置づけられている。
リテールメディアの急成長は偶然ではない。サードパーティCookieの制約が強まる中、購買データを自社で持つ小売(Amazon、楽天、ウォルマート等)の広告枠は、「実際に買う人」に届く媒体として価値を高めている。検索とSNSに偏ってきた予算配分の地図が、静かに書き換わりつつある。とりわけ日本では、楽天やAmazonに加え、各小売やドラッグストアが独自のリテールメディアを立ち上げる動きが続いており、出稿先の選択肢はこの1〜2年で一気に広がった。
「1兆ドル」の裏で起きている権力移動
ただし、市場全体の拡大という明るい数字だけを見ると、本質を見誤る。パイが膨らむ一方で、その分け前を握るプレイヤーの顔ぶれが変わっている。本誌が報じたように、広告売上の王座がGoogleからMetaへ移りつつある動きは、その象徴だ。総額が増えても、特定プラットフォームへの集中はむしろ進む可能性がある。
楽観論への留保も必要だ。電通の予測は、大型イベントという一時的な追い風を前提にしている。イベントが一巡する2027年以降も同じ勢いが続く保証はない。また「広告費1兆ドル」は出稿額であって、広告主の費用対効果が改善したことを意味しない。市場が伸びることと、自社の広告が効くことは別問題だ。
日本のマーケターへの示唆
第一に、リテールメディアの検証を本格化させるべき局面だ。Amazon広告や楽天、各小売のリテールメディアは、Cookie規制下でも購買データに基づく配信ができる数少ない選択肢になる。第二に、ワールドカップやオリンピックの期間は、動画・ソーシャルの広告枠が需要超過でCPM上昇を招きやすい。出稿を予定するなら、枠の確保とクリエイティブ準備を前倒しする。第三に、媒体集中のリスクに備え、単一プラットフォームへの依存を見直す。
「初の1兆ドル」は華やかな見出しだが、実務者にとっての論点は総額ではない。膨らむ市場のどこに、自社の限られた予算を置くか——その判断こそが問われている。