2025年4月に「違法な独占」と認定された事業が、2026年9月に「売らなくてよい」と言い渡された。米バージニア東部地区連邦地裁のLeonie Brinkema判事は9月2日、司法省(DOJ)と州の連合が求めていたGoogleの広告エクスチェンジ「AdX」の売却(divestiture)を退け、代わりに双方が提案していた行動的救済(behavioral remedies)の大半を採用した。Search Engine Landの報道によれば、判事は監督下での事業慣行の変更を命じたものの、独占認定そのものには一切手を触れていない。
「違法認定」と「分割」は、まったく別の話だった
混同されやすいので事実関係を整理しておく。今回の判断は2025年4月の認定を覆したわけではない。パブリッシャー向け広告サーバー市場と広告エクスチェンジ市場でGoogleが違法に独占を維持し、自社の広告サーバーを使うパブリッシャーを事実上AdXに縛り付けていた(tying)という判断は、そのまま生き残っている。変わったのは「では、何をさせるか」だけだ。
Googleは強制売却について、技術的に困難で、移行が長期化し、最終的に顧客に害が及ぶと主張していた。規模の話も出ている。GIGAZINEやマイナビニュースも伝えたとおり、裁判資料に基づくWedbushの分析ではAd Managerは2020年時点でGoogle売上の約4.1%、営業利益の1.5%にすぎない。より新しい数字は黒塗りされている。売上比で数%の事業を切り離すコストと、それが市場にもたらす効果を天秤にかけたとき、裁判所は後者を確信できなかった——そう読むこともできる。
Alphabetで規制対応を統括するLee-Anne Mulholland氏は、中小企業が新規顧客に届くためのツールを分割するというDOJの提案を裁判所が退けたことを歓迎するコメントを出した。
行動的救済は、オークションの何を変えるのか
ここからは筆者の見立てだ。今回の救済の中心は、Googleのアドテク製品を競合のツールと相互運用させる方向にあると報じられている。ただし判決文の詳細は機密部分の処理を経て後日公開される予定で、両当事者は最終判決案を共同で提出する段取りになっている。つまり、運用者が中身を判断できる材料はまだ出そろっていない。
それでも構造として言えることはある。行動的救済とは「同じ主体に、より公平に振る舞わせる」仕組みだ。当然、監視コストが恒常的に発生し、履行の解釈をめぐる争いが延々と続く。EUがGoogleのショッピング比較サービスに課した是正措置が、その後何年も「本当に是正されたのか」という論争を呼び続けた前例がある。一方で分割は、一度きりのコストで市場構造そのものを書き換える。裁判所は前者を選んだ。
もっとも、逆の見方も成り立つ。AdXを買える主体が現実に存在するのか、という問題だ。買い手が数えるほどしかいない資産を強制的に市場に出しても、別の集中を生むだけで競争は回復しない。行動的救済は次善ではなく、この市場では唯一機能する選択肢だったのかもしれない。
パブリッシャーの実務に引き寄せれば、短期的にはほぼ何も変わらない。AdXは残り、Ad Managerも残る。中期的に、相互運用が実際に義務づけられたときに初めて、SSPやヘッダービディングの構成を見直す余地が生まれる。それは判決文の中身次第だ。
日本は、別のレイヤーで先に動いている
海外判決を眺めて終わりにするのは危うい。日本では公正取引委員会が2025年4月15日、Googleに排除措置命令を出している(日本経済新聞)。巨大IT企業への命令としては初で、スマートフォンメーカーに自社検索の優先配置を求めた行為などが拘束条件付取引にあたると判断された。命令としては初めて、Googleから独立した第三者が5年間にわたって履行状況を報告することも求められている。
押さえておきたいのは、日米で争点のレイヤーが違うことだ。米国のAdX訴訟はパブリッシャー側のアドテク・スタック、公取委の命令は検索の初期配置。さらに日本にはスマホソフトウェア競争促進法があり、2025年3月にAppleとGoogleが規制対象事業者に指定されている。日本は米国判決を待たずに独自の時計で進んでいる。米国の結論をそのまま日本に持ち込むと、判断を誤る。
明日から確認すべき3つのこと
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判決文の公開を待ってから動く。 詳細が出るまでAdX周辺の意思決定は保留でよい。今のところ急いで乗り換える理由はない。
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アドテク依存度を数字で持っておく。 パブリッシャーなら収益に占めるAdX/Ad Manager経由の比率、広告主ならGoogleの在庫経由のインプレッション比率。行動的救済が効いたかどうかは、この比率の推移でしか検証できない。今のうちにベースラインを取っておく。
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日本の規制の時計を別に見る。 公取委の命令とスマホ法は、米国判決とは独立に効いてくる。海外報道だけを追っていると日本側の変化を取り逃がす。
「独占は認定するが、構造は温存する」という今回の結論は、アドテク業界にとって最も予測しにくいシナリオだった。少なくとも、規制が市場構造を書き換えてくれるという期待は当面持たないほうがいい。本誌が先日報じたFTCによるAmazon広告の提訴と並べて読むと、規制当局が「オークションの中身」には踏み込み始めた一方で、「誰がオークションを所有するか」には手を出しきれていない構図が浮かび上がる。買い手として自衛するしかない時間は、まだしばらく続く。