フレームワークの土台にあるのは「貼ると損をする」という数字だ
IABが8月18日、AI透明性・開示フレームワークのバージョン2を公開した。1月に出した初版を置き換えるもので、強制力はない。広告・マーケティングのクリエイティブに生成AIが関わったとき、どこまでを消費者に告知すべきかを整理している。
興味深いのは、この文書がもたれかかっている根拠だ。PPC Landの分析によれば、フレームワークはNYUスターンの知見を引いている。生成AIの関与を開示すると、その広告のクリック率が31.5%下がったという結果だ。IABはこのコストを根拠に、一律にラベルを貼るべきではないと主張している。
IABのAI担当VPであるCaroline Giegerich氏の言葉は直截だ。すべてにラベルを貼れば、消費者はラベルを無視することを学ぶ、と。作業部会が避けようとしたのは二つの失敗モードだった。開示不足は消費者を誤導するリスクを残し、過剰な開示は広告主を損なう。
貼るのは「誤認させるおそれがあるとき」だけ
判定基準は一つに絞られている。そのAIの関与によって、見ているもの・聞いているものの真正性について消費者が誤解する実質的なリスクが生じるか。使ったAIツールの多少ではなく、消費者への影響で判断する。
開示が必要なのは、プロンプトから生成された画像や動画(後から人間が手を入れても対象)、故人の合成音声、存在しない出来事を演じる実在の人物の合成音声、故人のデジタルツイン、実在の人物を架空の出来事に登場させるデジタルツイン、そして広告内で人間のように会話するエージェントだ。会話エージェントだけはAI-generatedではなくAI-poweredという別の表記を使う。
だが、この文書の実務価値はむしろ逆側にある。貼らなくていいものが具体的に列挙されたことのほうが大きい。色調補正、ライティング調整、背景の清掲、ゴミ取り、コントラスト調整、アップスケールやノイズ除去などの技術的処理。明らかに現実でない、様式化された映像。許諾を得た声のクローンを台本どおりの商業コンテンツに使うケース。話者が誰でもよいナレーション。BGM。
そして最も大きいのが、テキストとコピーが対象外だという点だ。見出し、スローガン、商品説明、メールの件名、ブログ記事、翻訳。これらにラベルは不要とされた。ただし、記述の正確さや根拠の責任は執筆者が人間かどうかに関係なく広告主に残る、とも明記されている。開示は虚偽表示の免罪符にはならない。
表記はキラキラマーク、下層はC2PA
開示方法は二つ認められている。一つは標準化されたアイコンで、IABはUnicodeのキラキラマーク(U+2728)をモノクロで描画する形を採用した。ライセンスが不要で、どの事業者でも使え、どのフォーマットにもスケールするという実務的な理由からだ。もう一つはAI-generatedというテキスト表記で、どちらか一方で要件を満たす。
配置規則も細かい。動画は最初のフレームから表示し継続させる。音声はAI生成部分の直前か直後に読み上げる。広告が60秒を超える場合は少なくとも1回繰り返す。テキスト表記はWCAGのAA基準であるコントラスト比4.5対1を満たし、代替テキストと字幕にも含める。
見える層の下にC2PAのメタデータ層を置く設計も示された。ただしIAB自身が弱点を認めている。メタデータは再保存や圧縮、スクリーンショットで剥がれる。需要側の検知手段としては、この仕組みはまだ完成していない。
日本は「任意」だが、それは安全を意味しない
PPC Landの整理によれば、このフレームワークは規制地図も並べている。EUはAI Act第50条の透明性義務が8月2日に適用開始。ニューヨーク州の合成出演者法は6月9日に施行。カリフォルニア州のAI透明性法も8月2日に施行。韓国はAI基本法が1月22日に施行(1年の猶予期間付き)。ベトナムは3月、インドはIT規則の改正が2月。中国は前年9月から。
そして同文書は、日本、シンガポール、オーストラリアを「任意的なアプローチを好む国」として分類している。
ここを「しばらく安全」と読むのは、筆者は危ういと見ている。理由は二つある。
一つは、規制がなくても市場が罰することだ。本誌が本日報じた生成AI広告を「積極的に活用すべき」は4.3%というJIAA調査は、日本の受容線がかなり手前にあることを示している。海外でも同じギャップが測られている。IABの引く調査では、広告主の82%が「消費者はAI生成広告を好意的に受け止めている」と信じている一方、実際にそう回答したZ世代・ミレニアル世代の消費者は45%。その37ポイントの隔たりは2024年時点より広がっている。Pew Researchでは、米国の成人の76%がAI製と人間製を区別できることを「非常に重要」または「重要」と答えている。
もう一つは、日本企業が出す広告は日本完結ではないことだ。越境EC、インバウンド集客、海外向けブランディング。EU向けの配信が一本でもあれば、第50条の適用対象になる。同条違反の制裁金は1,500万ユーロまたは全世界年間売上の3%のいずれか高い方とされている。
しかも、IABの基準はEU法より緑い箇所がある。許諾を得た実在人物の声のクローンと、架空の出来事に登場させないデジタルツインの二つで、IABは「推薦広告だと消費者はわかっている」としてラベル不要とするが、AI Act第50条(4)にその除外規定はない。IAB自身、EU市場では厳しい側に従えと指示している。韓国、ベトナム、インドもこの除外を認めていない。
反論も置いておく
「開示すると損をする」という前提には、同じ文書の中に反例がある。Z世代・ミレニアル世代の73%は、広告がAIで作られたと知っても購入意向は上がるか変わらないと答えている。開示は必ずしも致命傷ではない。
さらに、ラベルを選別的に貼ることの副作用も指摘されている。一部のコンテンツにだけラベルが付くと、ラベルのないコンテンツが実態以上に信用される。この効果を考えると、「貼らない自由」は同時に「貼らなかったことの責任」を生む。
そして、このフレームワークは強制力を持たない。法規制のばらつきを解消するものでもない。EUでプログラマティックを回し、米国でCTVを買い、アジアでペイドソーシャルを出すブランドは、依然として複数のプラットフォームラベルと複数の法域を同時に満たすことになる。IABが提供したのは解決ではなく、交渉の起点だ。
60日以内にやることは一つだけ
実装ロードマップは24か月だが、最初の一手は単純だ。最初の60日以内にAI開示の責任者を一名置くこと。その上で、クリエイティブ、制作、メディア、広報の各チームを訓練し、既存のワークフローツールに4問の事前チェックを足す。新しい承認層を作るのではなく、法務レビューに組み込む。
日本の広告主にとって、この手順は法規制とは無関係に価値がある。「このクリエイティブのAI関与を誰が把握しているのか」に答えられない体制のまま、生成AIの利用だけが現場で広がっている企業は多い。規制が来てから台帳を作るのでは間に合わない。任意のうちに作っておくのが、いちばん安くつく方法だ。