AIで記事を作ってよいか、という問いの立て方が、この条文では成立しない。問われているのは、その記事に責任を負う人間がいるかどうかだ。
2026年8月2日、EU AI法(規則(EU) 2024/1689)第50条の透明性義務が適用開始となった。Cooleyの解説によれば、対象はチャットボット、合成メディア生成、感情認識、ディープフェイク生成といった機能であり、そのシステムが高リスクに分類されるかどうかは関係しない。違反時の制裁金は最大1,500万ユーロ、または全世界年間売上高の3%のいずれか高いほうとされる。
なぜ日本企業に関係するのか
AI法第2条1項(c)は、AIの出力がEU域内で利用される場合に、提供者・展開者へ規則が適用されると定めている。オープンウェブに公開したコンテンツはEU域内の閲覧者からもアクセスできる。つまり所在地が日本でも、EUからアクセス可能なコンテンツを出している時点で射程に入り得る、というのが条文の建て付けだ。
適用のタイミングには一部猶予がある。第50条2項の合成コンテンツへのマーキング義務については、2026年8月2日より前に市場に出されていたシステムに関して、Digital Omnibus案により2026年12月2日まで適用が延期される見通しとされている。ただし延期されるのはこの部分であり、義務全体ではない。
4つの適用除外——中身は「体制」の話
Search Engine Journalの整理によれば、第50条には4つの除外が置かれている。
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芸術・風刺の除外。 ディープフェイクが明らかに芸術的・創作的・風刺的・虚構的な作品の一部を構成する場合、開示義務は「作品の鑑賞を妨げない適切な方法での存在の開示」に限定される。
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パブリッシャー向けの除外。 公共の関心事について公衆に情報提供する目的で公開されるAI生成・加工テキストには開示義務がかかる。ただし条文はこう続く——「AI生成コンテンツが人的レビューまたは編集管理のプロセスを経ており、かつ自然人または法人が当該コンテンツの公開について編集責任を負う場合には適用しない」。
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標準的な編集補助の除外。 AIが標準的な編集の補助機能を果たすにとどまる場合、または展開者が提供した入力データやその意味内容を実質的に改変しない場合は対象外となる。
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対話型AIの自明性による除外。 人と直接対話するAIについては、状況から見て相手がAIだと明らかである場合の扱いが定められている。
分かれ目は生成の有無ではない
この4つを並べて読むと、条文が禁止しているのはAIによる生成ではないことがはっきりする。禁じられているのは、責任の所在が消えることだ。
除外2が求めているのは、人的レビューが入っていることと、編集責任を負う主体が特定できること。この2つが揃えば、AI生成テキストであっても開示義務は課されない。逆に言えば、生成から公開までを無人で回し、責任者が誰か外形的に分からないメディアは、除外に乗れない。
日本のオウンドメディア運用にとって、これは技術要件ではなく組織要件である。生成モデルを何に替えても解決しない。
明日から確認できること
- EUからアクセス可能か。 実質的にほぼすべてのサイトが該当する。ジオブロックしていない限り、対象外だと決めつけない
- 編集責任者が外形的に分かるか。 運営者情報や編集方針ページに、公開の責任を負う自然人または法人が明記されているか
- 人的レビューの記録が残るか。 「レビューしている」という運用実態と、それを示せる記録は別物である
- チャットボットの初回応答でAIであることを示しているか。 自明性による除外に頼るなら、その自明さを説明できる必要がある
- 画像・音声・動画の生成物にマーキングを付けているか。 猶予期間があるのは既存システムの一部にすぎない
慎重に見るべき点
執行の実態はまだ見えていない。EU域外の中小事業者にどこまで手が及ぶのかは未知数で、Digital Omnibusをめぐる緩和の議論も続いている。「明日から罰金」という読み方は過剰だ。
それでも、除外条件が編集体制を名指ししている以上、この条文は「AI活用の可否」ではなく「AI活用時のガバナンス」を要求している。EU向けの対応というより、AI生成コンテンツを扱うすべてのメディアが遅かれ早かれ問われる論点を、EUが先に文章化したと捉えるほうが実態に近いだろう。