自社で集めた顧客リストの届く範囲が、自社の外へ広がろうとしている。しかも、告知なしで。
8月19日、一部のGoogle広告アカウントのカスタマーマッチ設定に「Enhanced matching」という新しい項目が現れたことが確認された。アカウント設定内、既存のカスタマーマッチ関連の制御と並んで表示され、確認された画面ではチェックが外れた状態、つまりオプトインである。
Googleの説明文が示していること
Googleの説明はこうだ。有効にすると、連携済みの顧客リストを使い、同意済みのユーザーを、パブリッシャー側の同意済みユーザーとマッチングすることで、利用可能な範囲でオーディエンスのリーチを拡張する。
短い文だが、含意は小さくない。
カスタマーマッチはこれまで、広告主が持つ一次データを使ってGoogleのプロパティ上で既知の顧客に再接触するための仕組みだった。Enhanced matchingは、その照合先にパブリッシャー側のシグナルを加える。同じ顧客リストのまま、追加のリストを作ることなくリーチが伸びる、という理屈になる。既存のSmart Bidding、Optimized Targeting、コンバージョンベースの顧客リストと並ぶ選択肢として提示されている。
ただしGoogleは、増分リーチがどの程度なのか、どのパブリッシャーが参加しているのか、既存のマッチング処理と何がどう違うのかを公表していない。提供範囲も限定的に見え、まだテスト段階の可能性が高い。
「同意」という言葉の重さ
注目すべきは、Googleがこの機能を一貫して「同意済みユーザー同士のマッチング」と表現していることだ。プライバシーとデータ共有をめぐる自社フレームワークの内側で動くよう設計されている、というシグナルである。
だが日本の広告主にとって、この表現はそのまま安心材料にはならない。論点は「Googleが同意を確認しているか」ではなく、「自社が取得した同意の範囲に、パブリッシャー経由での照合拡張が含まれているか」だからだ。
本誌が先日整理した通り、令和8年改正個人情報保護法は2026年7月10日に成立し、7月17日に公布された(同じ年に、規制が緩む方向と締まる方向へ同時に割れた)。課徴金制度が新たに導入され、対象となる本人の数が1,000人を超える場合に適用される。罰則の一部は公布から6か月後の2027年1月17日に施行され、本体部分は公布から2年を超えない範囲で政令が定める日——期限は2028年7月16日——に施行される。猶予はあるが、同意の設計は一度組むと直すのに時間がかかる領域である。
Enhanced matchingが第三者提供に当たるかどうかは、実装の詳細が公開されていない現時点では判断できない。判断できないものを、管理画面のチェックボックス一つで有効にすべきではない。
同じ日、Googleは計測も開いた。ただし許可制で
偶然だが、8月19日にはGoogle Ads API v25.1もリリースされている。v25からのドロップイン更新だが、クライアントライブラリとコードの更新は必要になる。
内容は計測寄りだ。コンバージョンリフトとブランドリフトの調査に対する読み取り専用のAPIリソースが追加され、調査の設定、実施期間、キャンペーン、コンバージョン目標を参照できるようになった。コンバージョンリフト指標が24種類、統計分析用のwinner score指標、年齢層・キャンペーン・デバイス・性別・動画といったブランドリフトのディメンションも加わっている。
ベンチマーク機能も細かくなった。BenchmarksServiceは、従来の広いベンチマークグループではなく、特定の商品・サービスカテゴリ内の広告主と比較できるようになる。そしてもう一つ、Googleによる価値調整が適用される前のコンバージョン値を示す指標が追加された。Googleが値を調整していること自体は知られていたが、それが指標として明示的に取り出せるようになった意味は大きい。
ただし、リフト計測のAPI機能は許可リストに登録されたアカウントのみが利用できる。広告主はGoogleの担当者に問い合わせるよう案内されている。
データ接続は広く、検証手段は狭く
この2つを並べると、8月19日のGoogleの動きに一つの非対称が見える。
データを結合する手段(Enhanced matching)は、申請なしに管理画面へ順次現れる。効果を検証する手段(Lift API)は、担当者に申し込んだ一部のアカウントにしか開かない。
筆者はこれを悪意の設計だとは思わない。リフト計測は統計的に成立させるための出稿量が要るため、許可制になるのは技術的に自然だ。しかし結果として、多くの広告主は「リーチが広がる機能を有効化できるが、それが増分だったかを検証する手段は持たない」状態に置かれる。この非対称が続く限り、自動化された拡張機能の評価は「有効化してから数値が上がった気がする」以上のものになりにくい。
一方で、別の見方もできる。価値調整前のコンバージョン値が取れるようになったことは、Googleが自社の内部処理を一段開示したということでもある。ベンチマークの粒度が上がったことと合わせて、透明性は確実に前進している。すべてが囲い込みへ向かっているわけではない。
実務としてどうするか
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Enhanced matchingは、法務確認が終わるまでオフのままにする。 オプトインで出ている以上、放置しても勝手に有効化はされない。急いで有効化して得られるのは、検証できないリーチの増分だけだ。
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自社の同意文言を先に見る。 プライバシーポリシーと会員登録時の同意取得文が、広告配信目的での外部プラットフォームとの照合をどこまでカバーしているか。カスタマーマッチを既に使っているなら、その延長で説明できる範囲なのかを確認する。ここは代理店ではなく広告主側の宿題になる。
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有効化するなら、比較設計とセットにする。 アカウント単位の設定である以上、A/Bは組みにくい。最低限、有効化日を記録し、前後4週間で新規到達ユーザー数とCPAの推移を見る。同時に他の変更を入れない。9月にはGoogle広告の言語ターゲティング廃止と自動作成アセットのAI Max自動アップグレードも控えており、変更が重なると原因分離が不可能になる。
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Lift APIの許可申請を、今のうちに出しておく。 検証手段の獲得には時間がかかる。自動化が増えるほど、リフト計測ができるかどうかが運用の説得力を分ける。
一次データの価値は「自社しか持っていないこと」にあった。その前提が、同意という言葉を挟みながら少しずつ緩んでいる。緩め方に同意するかどうかは、チェックボックスを押す前に決めておきたい。