2026年4月18日(土)
コラム

AIで浮いた時間は、結局"誰"のものになるのか——会社にとっての業務効率化を、もう一度考える

AI による業務効率化は進んでいるが、"浮いた時間をどう使うか"を真剣に議論している会社は驚くほど少ないように感じる。人員削減、新規事業、勤務時間短縮、サービス深化——そのどれもが、会社・社員・顧客のいずれかを損なう構造を抱えているように見える。80%がAI導入に抵抗し、知人の会社では30人を10人に整理した上でAI活用を目指したが、現場は"なんちゃって効率化"に止まっている。個人のAI活用は自由を広げる素晴らしい話だが、会社にとっての効率化はそれとは別の次元にある——20年Web分析に携わってきた私の実践と失敗から感じている"モヤモヤ"を共有したい。

上村 謙輔

株式会社サードパーティートラスト

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80%がAIに抵抗している、という事実

先日、ある記事が目に止まった。米国のホワイトカラー労働者の80%がAI導入義務化に抵抗し、29%(Z世代では44%)が自社のAI戦略を意図的にサボタージュしているという。その30%は「AIに仕事を奪われる恐怖」を理由に挙げているそうだ。

私は驚かなかった。むしろ「そうなるのも自然かもしれない」と感じていた。

ここ数年、経営者としてAI導入の現場を見てきて気づいたのは、会社にとっての業務効率化の"その先"を本気で考えている会社は、驚くほど少ないように感じるということだ。効率化そのものはゴールではなく、浮いた時間を何に使うかまで設計して、ようやく意味を持つのではないか。ところが、多くの会社はそこまで議論が至っていないように見える。

本稿では、見聞きした事例と自社での実践を通じて感じた"モヤモヤ"を共有したい。答えは用意していない。読者一人ひとりに「自分の会社はどうするのか」を問いかけられたら、と思っている。

コスト削減と"なんちゃって効率化"、二つの顔

知人が経営するある会社は、赤字という事情もあり、無駄なコストを徹底的に排除した。社員30人のうち20人を整理して組織を10人体制までスリム化し、固定費を大きく削った。この人員の見直しは、AI活用のためというより、まずは経営のスリム化として行われたものだ。

その上で、残った10人には徹底的にAIを使って効率化を目指そうという号令がかけられた。ところが、現場で実際に起きていることは少し違う。

聞いた限り、実際にAI活用を前に進めているのは経営者ほぼ一人らしい。10人の現場メンバーからは「こういう業務をAIで効率化できるのではないか」というプロトタイプのアイデアはたくさん上がる。ところが、それを実際にデプロイし、日々の業務の中で運用に載せるところまではほとんど進んでいない。現時点では、アイデア止まりの"なんちゃって効率化"で停滞しているという話だ。

理由は複合的だろう。「AI化したら自分がいらなくなるのではないか」という暗黙の不安に加え、「自分が設計したAI工程で問題が起きたら自分の責任になる。それなら100%把握している既存の業務フローのほうがいい」という合理的な判断もあるのではないか。

大手コンテンツマーケティング会社のCEOからも、似た話を聞いた。社内のライターがどれだけ呼びかけてもAIを積極的に使ってくれない、と。「AIを使えば自分の仕事が要らなくなることを認めることになる」——この自己否定を受け入れるのは、誰にとっても容易ではないだろう。

別の会社では、社長が「1ヶ月以内にアプリをデプロイしろ」と号令をかけたものの、忙しさに押されて実運用に至らず、一時的な取り組みで終わったという。「シャドウAI」として会社に隠れてAIを使い、浮いた時間で副業や独立準備をしている社員の話も耳にする。表向きは"推進"を掲げながら、裏では別のゲームが進んでいる現場も少なくないのかもしれない。

浮いた時間、4つの選択肢のどれもが矛盾を抱える

では、仮にAIで本当に業務が効率化されたとして、浮いた時間をどう使うべきか。私なりに整理すると、選択肢は大きく4つある。そして、そのどれもが会社・社員・顧客のいずれかを損なう構造を抱えているように見える。

①人員削減——固定費が下がるという、会社にとって最も明確な利益を生む選択肢だ。おそらく6〜7割の会社は、業績圧力のなかで最終的にこの方向に進むのではないかと思っている。経営のロジックから見れば、極めて合理的な判断だ。ただ、社員から見れば話は180度違う。「効率化を頑張るほど自分が整理対象になる」という構図になってしまう。AI導入を真面目に推進した社員ほど先に切られる——この皮肉な未来を、社員は無意識に察知する。米国で見られる80%の抵抗や29%のサボタージュは、こうした不信感の裏返しではないかと私は思う。

②新規事業——空いた時間で新しい事業を立ち上げる道。会社にとっては成功すれば売上増につながるが、どの会社も同じことを考える以上、専門外の領域で簡単に立ち上げられる事業はすぐに同業他社に真似される。結果、新規事業そのものの成功率はかなり低くなる。さらに、新規事業を担える人材は一朝一夕には育たない。「効率化したので空いた時間で新事業を作ってください」と言われて応えられる社員はむしろ少数派で、大半は望んでいなかった新しい仕事を追加で押し付けられる構図になってしまう。

③勤務時間の短縮——社員の労働時間を減らす選択肢。6時間勤務にするなど、ワークライフバランスを改善する方向だ。社員は嬉しいし、採用ブランディングにも効く。社会的な意義も決して小さくない。ただ、会社の固定費も売上も変わらないまま、顧客目線では問い合わせに対応してもらえる時間帯が減り、担当者にアクセスできる時間が狭くなるという静かなデメリットが生まれる。そして何より、一度短縮した勤務時間は、将来経営が苦しくなったときに元に戻すのが極めて難しい。気軽には選べない、なかなか勇気のいる判断だ。

④サービスの深化——私が本来"あるべき"と感じている方向。浮いた時間で、これまで時間がなくて手が回らなかった領域にまで踏み込み、既存サービスの質を高めていく。顧客の課題により深く向き合えるようになり、競合優位性も作れる。ただ、顧客は「AIで効率化したなら価格を下げてよ」と思うのが自然ではないか。サービス品質が上がっても、単価を上げられるとは限らない。競合も同じ方向に動く以上、価格競争のプレッシャーは常にかかる。結果、単価は据え置きのまま、サービス品質だけが上がるという帰結になりやすい。つまり、AIの恩恵は最終的に顧客に流れていく——私にはそう見えている。会社にとっては、売上も固定費も変わらないまま、顧客満足度だけが上がる展開だ。

自社で20個のアプリをデプロイして学んだこと

私自身、サードパーティートラストで方向②と方向④の両方を試してみた。

新規事業としては、Webアプリを20個ほど、実際にデプロイまで持っていった。プロトタイプを試しに作って置いておいた、という話ではない。その分野において最高水準と言われる完成度まで作り込んだ上で、本番環境に公開してきた。AIのおかげで、一人でもここまでのスピードと品質でアウトプットできる時代になった、ということでもある。

だが実際に並べてみて感じたのは、横展開しても結局は真似されるということだった。専門外の領域で良さそうなサービスを作っても、他社も同じツールを使えば似たものをすぐに作れてしまう。差別化の原資を自分の手のうちに持っていない以上、競合に勝ち続けるには結局リソースを割いて運営し続けるしかない。

一方、本業のデータ分析領域では、浮いた時間を使って、サイトを深く自動分析し、具体的な改善提案書まで一気通貫で出せるサービスに作り込んだ。こちらは手応えがあった。20年の経験、顧客のコンテキストに対する深い理解、GA4やサーチコンソールのデータ、過去のWeb制作で得た成功事例——これらを組み合わせたアウトプットは、他社がAIだけでは模倣できない領域だと感じている。

この経験から、「浮いた時間は浮気せず、自分たちの専門性を深めることに使うのが一番いい」と考えるようになった。ただ、それでも単価転嫁は簡単ではない。結果として同じ料金でサービスの質だけが上がるパターンに落ち着きそうな気配を、私自身も感じている。

AIの恩恵は、結局"誰"が受けるのか

ここまで書いてきて、私自身の結論はまだ定まっていない。

人員削減は会社に、勤務時間短縮は社員に、サービス深化は顧客に——それぞれ恩恵をもたらす。ただ、"三方よし"の道を、私はまだ見つけられていない。AIの恩恵は、会社でも社員でもなく最終的に顧客に流れていくのではないか——という仮説が、今のところ一番しっくり来ている。

だとすれば、AI導入を頑張る会社ほど、自社の競合優位ではなく業界全体の水準を底上げするために働いていることになる。社会全体には良いことだが、一社の経営としては素直に"頑張ろう"とは言いにくい話でもある。

80%がAI導入に抵抗するのは、こうした"割に合わなさ"を社員が無意識に感じ取っているからではないか、と私には思える。

個人の効率化と、会社の効率化は、別の話だ

ここまでずっと「会社にとっての業務効率化」について書いてきた。最後に一つだけ、あえて違う角度の話を添えておきたい。

AIがもたらす恩恵を、個人の次元と会社の次元は分けて考えるべきだと私は思っている。

個人にとってのAI活用は、端的に言えば自由を広げる話だ。書けなかった文章が書ける、組めなかったコードが組める、分析できなかったデータに踏み込める。自分の能力の延長線上に、AIが静かに手を貸してくれる。個人がAIを使いこなすこと自体は、疑いなく素晴らしいことだと思う。

ただ、会社にとってのAI活用となると、話は一段違う次元に移る。最近、会社が社員に「AIを使え」と大号令をかけている光景をよく見る。だが、ただ社員に使わせるだけで、本当に会社にとって恩恵のある効率化につながるのだろうか。そこまで詰めて設計している会社は、私が見る限り驚くほど少ない。

社員が個人のスキル向上のためにAIを使うのは、とても良いことだ。ただ、それを「会社の効率化」として語ってしまうのは、少し違うのではないか。「浮いた時間を何に使うか」まで設計されていないAI推進は、社員の個人スキルを押し上げるだけで終わり、会社の業績にはつながらないまま、いずれ先ほどの①〜④のどこかに着地することになる。そして、社員自身も「会社のAI推進は結局、自分を整理するためなのではないか」と感じてしまい、知人の会社のように、現場は"なんちゃって効率化"で止まる。

社員にAIを使わせる前に、経営として「浮いた時間を何に使うのか」「誰がその恩恵を受け取るのか」を言語化しておく——そこから始めないと、AI推進はゴールのない号令になってしまうのではないだろうか。

効率化はゴールではなく、むしろスタート地点なのかもしれない。そこから先にどんな未来を描くかは、私たちがまだ十分に言語化できていない領域にある気がしている。

私もまだ答えを持ち合わせていない。よければ、一緒に考えていけたら嬉しい。

上村 謙輔

株式会社サードパーティートラスト 代表取締役

WEBマーケティング領域で15年以上の経験を持ち、データドリブンな戦略立案とAI活用を専門とする。株式会社サードパーティートラスト代表取締役として、企業のデジタルトランスフォーメーションを支援。WebTech Journalではコラムニストとして、業界の最前線から独自の視点で考察を発信している。