2026年6月3日(水)
コラム

「エンジニアはもういらない」は半分正しい —— AIで何かを作る人が、次のエンジニアだ

「AIが書けるなら、もうエンジニアは要らない」。SNSではそんな声が飛び交う。だが私は、1年で100個近くアプリを作ってみて、まったく逆の結論にたどり着いた。エンジニアの定義が「コードを書く人」から「テクノロジーで価値を作る人」へと変わるだけだ。そして、その新しい定義の分水嶺は驚くほどシンプルだ——かけたコストを上回る価値を、本当に生めるのか。経営者がいま向き合うべき問いを、実装する側の視点から書いた。

上村 謙輔

株式会社サードパーティートラスト

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私は1年で、100個近いアプリを作った

正直に告白すると、私はこの1年で冗談みたいな数のアプリを作った。100個近い。研究のために作ったものもあれば、本気で事業にしようとして作ったものもある。

では、今いくつ残っているか。70個ほどだ。そして、本気で運用を続けているのは——多く見積もっても5つから10個。残りの60個は、静かに開発をやめた。使われなかったり、まったく儲からなかったり、作った瞬間に役目を終えていたりした。

その60個が無駄だったとは思わない。一つひとつが私の血肉になり、スキルになった。だが、ここに本質がある。AIがあれば、ものは驚くほど簡単に作れる。けれど「作れること」と「価値があること」は、まったくの別物だ。

「エンジニア不要論」も「コード必須論」も、的を外している

いま、ネット上では奇妙な論争が続いている。

一方には「AIがコードを書くんだから、エンジニアなんてもう要らない」という人がいる。もう一方には「いや、コードが分からなければAIで何も作れない」という人がいる。両者は噛み合わないまま、お互いを笑い合っている。

私の結論を言おう。どちらも半分正しくて、半分間違っている。

エンジニア不要論は正しい。「言われた指示どおりにコードを書くだけの人」は、確かに要らなくなる。指示を出している時間で、AIがものを作ってしまうからだ。だがその同じ理屈で、「コードが分からなければ作れない」も崩れる。設計やコンセプトを描ける人が、コードの分かるエンジニアに——あるいはAIに——プロンプトで投げればいい。データベースに何を選ぶべきか迷えば、クラウドの構成ごとAIに相談すればいい。

つまり、論争そのものが、もう古い前提の上に立っている。

定義が変わる。「コードを書く人」から「価値を作る人」へ

私は、エンジニアという言葉の定義が、静かに書き換わっていると考えている。

これまでエンジニアとは「コードでものを書く人」だった。これからは「テクノロジーでものを作る人」になる。だとすれば、AIで何かを作る人は、コードが分かろうが分かるまいが、もうエンジニアなのだ。「エンジニアなんてオワコンだ」と笑っているあなたが、すでにエンジニアなのである。

ただし、誰もがエンジニアになれるわけではない。誰もがものを作れるようになった以上、価値は「作れること」には宿らない。分水嶺は一つだけだ——その人が、かけたAIのコストや自分の人件費を上回る、意味あるものを作れるか。

これからのエンジニアには、コードが分かる人も、分からない人もいていい。もちろん最強なのは、コードもAIも使いこなす人だ。それは間違いない。知っていて損なことなど一つもない。だが、コードはもはや「素養の一つ」でしかない。代わりに問われるのは、興味を持って自ら動く力、課題を良いプロダクトへ落とし込む企画力、作ったものを誰かに使ってもらう力、レビューを引っ張ってくる力、そして改善のサイクルを回し続けるスタミナだ。

これは"一度起きた変化"でもある

実はこの「定義の移動」は、まったく新しい話ではない。すでに一度、私たちはよく似た変化を見ている。クラウドエンジニアだ。

AWSやGoogle Cloudが登場する前、インフラを支える仕事は、サーバーやネットワークの裏側を自分で組み上げることだった。だがクラウドが普及してからは、その重心が明確に移った。いまのクラウドエンジニアの価値は、抽象化された無数のマネージドサービスを熟知し、「どれを、どう組み合わせ、いくらのコストで最適に動かすか」を判断するところにある。もちろん裏側の仕組みやコードは理解している。だが、彼らの仕事の中心は、もはや実装そのものを書くことではない。

技術の抽象化が進むと、エンジニアの価値は一段上のレイヤーへ移る。クラウドで起きたことが、いまAI全体で起きようとしている。それだけのことだ。

だから経営者に問いたい。「全員にAIを使わせる」前に

ここからが、私が本当に書きたかったことだ。

いま多くの企業が、社員に「とにかく全員AIを使え」と号令をかけている。だが、AIには相応のコストがかかる。私の100個のアプリも、もしすべて本格的なAPIで動かしていたら、相当な金額になっていた。それを社員全員にやらせて、結果として社内が一つも効率化されていなかったら——それは、AIがなかった頃よりも非効率になっているということだ。

正直に言う。先に挙げた力——企画する力、使ってもらう力、レビューを集める力、サイクルを回すスタミナ——を持つ人でなければ、AIで何かを作ることに大きな意味はない。興味を持って頭と体を動かせない人にAIを持たせても、コストが増えるだけだ。

一方で、「考えるのは苦手でも、言われたことを安定して継続できる」人材は、これからも組織に絶対に必要だ。AIで作ったものにも、必ず運用は発生する。だからこれは「全員をエンジニアにせよ」という話ではない。役割分担を、もっと解像度高く設計せよという話だ。

結局、すべては「エンジニアという仕事」に落ち着く

AIで何かを作る人は、もうエンジニアだ。エンジニアはいなくならない。定義が広がり、役割が分かれ、そして再び「テクノロジーで価値を作る仕事」へと収束していく。

経営者であるあなたが向き合うべき問いは、「うちの社員にAIを使わせるか」ではない。「誰が、何のために、いくらのコストで、いくらの価値を生むのか」だ。あなたが嬉しそうに作ったそのアプリは、本当に業務で使われるのか。使われるなら、あなたは立派なエンジニアだ。使われないなら、それはまだエンジニアの仕事ではない。

100個作ってみた私が言えるのは、それだけだ。

上村 謙輔

株式会社サードパーティートラスト 代表取締役

WEBマーケティング領域で15年以上の経験を持ち、データドリブンな戦略立案とAI活用を専門とする。株式会社サードパーティートラスト代表取締役として、企業のデジタルトランスフォーメーションを支援。WebTech Journalではコラムニストとして、業界の最前線から独自の視点で考察を発信している。

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