「存在しないスマートバンドを、AIは2時間で推薦し始めた」。2026年3月15日、中国CCTVの消費者権益保護番組「3・15晩会」が暴いたGEO業者の実験は、AI検索の足元の脆さを示した。そして9月、この騒動は業界標準という形で結実している。日本のマーケターにとっては、対岸の話では済まない。
事実:何が起き、何が作られたか
Sixth Toneによれば、調査担当者はGEOシステムを購入し、実在しない「Apollo-9」というスマートウォッチを捏造した。ソフトで作った十数本の宣伝記事を公開すると、2時間以内に大手AIモデルが偽記事を引用して商品を推薦。さらに3日間で11本を追加した結果、少なくとも2つの主要モデルが健康リストバンドの推薦上位に挙げたという。GEOサービスはTaobaoやJD.comで、3か月契約3,600元(約520ドル)から3万2,800元(約4,765ドル)で売られていた。
その後の流れはSearch Engine Journalの解説(Marcus Pentzek氏、10月21日)に詳しい。9月9〜14日、中国商務広告協会のAIマーケティング応用工作委員会が、5部構成の団体標準(T/CAACCHINA 001〜005—2026)を公開した。法律ではなく任意の標準である。主な内容は次のとおり。
- 事業者評価:A〜Dの格付けに加え、ブラックハットGEOに関与した事業者は不合格とする「一票否決」
- 料金・測定:固定報酬は混合契約の30%以上、報告する水準ごとに最低30回の試行
- 信頼できるコーパス:医療・金融など規制分野では情報源基準を厳格化
- 運用・安全:監査証跡、禁止手法、約束できない成果の付属書、誤情報の訂正は72時間以内に着手
法律事務所GALAの解説は、広告法や不正競争防止法など既存法が適用され得ると整理する。同記事は、AI特有の違反を想定した不正競争防止法の改正案にも触れているが、具体的な執行は報告されていない。
考察:測り方と契約が先に標準化された
ここからは筆者の見方である。この標準で興味深いのは、禁止事項より「測定」と「契約」の規定が具体的な点だ。AIの回答は同じ質問でも毎回変わる。1問5回の試行では誤差が大きく、30回で初めて実用的な幅に収まる、という設計は、直近のGEO施策の効果を数字で見た記事で触れた「流入は誤差」論争にも通じる。測定の作法が定まらない限り、GEOの成果報告は水掛け論になりやすい。
日本の状況はどうか。筆者が確認した範囲では、日本にGEO事業者向けの同種の業界標準は見当たらない。ただしPentzek氏が指摘するとおり、偽商品を使った手法は中国のAIに限らず、西側のモデルでも通用する可能性がある。日本語のAI検索で同じ手口が通じるかは検証されておらず、通じないと言える根拠もない。
異論:この標準を過大評価しない
Pentzek氏自身が懐疑的な点も押さえておきたい。標準は規制対象の業界自身が主に起草しており、30回ルールの根拠も同委員会の報告に依拠する。任意である以上、強制力はない。一部は既存のSEO実務の焼き直しで、中国のAIエンジン向けに作られている。「規制」というより、業界が自らに引いた線と見るのが妥当だろう。
日本のマーケターが今日できること
- GEO会社との契約書を開く:「AIに必ず表示する」型の約束や、成果連動のみの報酬がないか確認する。
- AI可視性は「幅」で報告する:同一質問を繰り返し測り、平均だけでなくばらつきを併記するよう依頼する。
- 自社ブランドの誤情報を点検する:主要AIに自社名で質問し、誤りの記録と訂正手順(公式情報の整備、各社への報告)を決めておく。
- 外注先の手法を聞く:大量の自社関連記事の量産や、実在しない媒体への配信が含まれていないかを確認する。
中国で規制が先に動いたのは、「AIの答えは操作できる」という事実が全国放送で可視化されたからだ。日本で同じ可視化が起きてからでは遅い。契約と測定の作法は、いま整えておく価値がある。